集中と記憶

勉強など、何かに集中したいとき可能な限り無用な刺激を受けたくないことがあります。音楽やラジオを聞きながら、受験勉強をされた方もいらっしゃるでしょうが、その方が集中できると言う方は、そう思い込んでいるだけです。
例えば、電話番号を一時的に覚えたいときなどは口に出してその番号を繰り返し言ったりしませんか。そんな時、誰かに話かけられたり、電話に応対したら、大抵は忘れてしまいます。始めから、一時的に覚えればいいのだ。として記憶するからで、そのような記憶は再呼び出しが非常に困難です。本気で自分のものにするぞと、固い意思で記憶すると一生覚えているものです。このような記憶を得るには非常に疲れます。

逆に、覚える意思がないのに記憶されてしまうこともありますね。この場合、別の刺激と一緒に取り込まれている場合が多いようです。

話を戻して、音楽を聞きながら受験勉強をしたときの記憶は、たいてい、青春の頃のものでしょうね。
私は、スティービー・ワンダーの「悪夢」やスージー・クワトロのベースを聞くと、「自然対数の根」を思い出します。ということは、集中しなくても覚えられる可能性がありそうです。

ラジオ「関連付け記憶法」と呼ばれるている記憶法がこの、無意識の記憶だそうです。
この記憶は、特殊な記憶で、その記憶内容を呼び出すためには、関連された刺激を加えないと非常に出しにくいのです。
逆に、思い出したいと希望しなくても、その刺激により思い出してしまいます。自分の記憶でありながら、自らコントロールしにくい記憶です。
ただし、関連付ける刺激に工夫をすれば応用価値は高いです。
例えば、先例のスージー・クワトロの楽曲を思い出せば、同時に自然対数の根を引きずり出せます。

自分が意図しない刺激と同時に記憶されてしまた場合は、その記憶の内容が深刻なものであれば、その後の生活に悪影響を与えることになりかねません。

バーで、希望しない恋人との別れ話の最中では、B.G.Mが流れているのが普通です。多分、その時はB.G.Mなんか聞いていないでしょうが、後で立ち直(なお)っても、その時の曲を聴くと、悲しい気分になるものです。時を重ねるうちに薄らぎはするでしょうが、残っているはずです。楽しいできごとも同様です。

悲惨な事故現場の目撃とかが何か無意識に関連付けられて記憶されることがあります。眠っている時に、外力がその時の刺激に似ていれば、悪夢を引き出すきっかけになりそうです。

コンピュータの記憶装置と違って、人間の記憶は柔らかい組織に、柔らかく書き込まれているようです。